ユージ?って誰?(MIHO MUSEUM)

(永田友治の「友」は右肩に「丶」がある。ネットでは表示できない。)

ナガタユージ? って、誰?
聞いたこと無いなぁ。
ジャニーズ? えっ、江戸時代の人?  それもハッキリわからないの?
蒔絵(まきえ)? 漆器? 塗師(ぬし)? 光琳の後継者? 
料紙箱や盃、菓子盆、硯箱、 そういわれれば、光琳の弟子のような。
金銀の派手さはないけど・・。
へぇ~、この器の表面を盛り上げる技法を「友治上げ」って言うの?
わからないことだらけだ。

夏季特別展
『謎の蒔絵師 永田友治
~尾形光琳の後継者を名乗った男~』

2019年6月8日(土)~7月15日(月)
MIHO MUSEUM

6月7日、記者内覧会があった。熊倉功夫館長は、
「永田友治の名を初めて聞いた方が多いと思う。
これだけまとまった作品の展覧会は国内初のこと。
京都国立博物館所蔵の作品はじめ、いくつか各博物館所蔵のものもあるが、
本展では、その多くが個人の所蔵。すべてがきれいに保存されており、
調べれば調べるほど、展覧に値するものとわかり、
『謎の蒔絵師 永田友治 ~尾形光琳の後継者を名乗った男~』
の開催となった。MIHO MUSEUM のこの展覧会を機に、
永田友治の名が広まれば、と期待したい。」と挨拶。
桑原康郎学芸員の解説で館内を巡った。

大きな「尾形光琳ブーム」は二度あったらしい。
初めは光琳の晩年頃、二度目はその百年後、という。
ユージは、そのどちらかで活躍した人のようだ。

  1. 正徳亨保年間(1711-1736) 頃か、
  2. 文化文政年間(1804-1830) 頃の、どちらか。

光琳ブームの頃は金銀ハデハデが主流だったが、
ブームが去ると、諸般の事情で金銀が使えなくなり、
ユージは合金を使うようになった。
そして簡便に作れるような工夫もしたらしい。
こうして派手さはなくなったが、
それでもそこそこの値がついていたらしい。
明治後期以降の文献には、ユージの名がいろいろ出てくる。
売れっ子だったようだ。

MIHO MUSEUM の図録『永田友治』に載っている
岩井胤夫氏の寄稿『永田友治の活躍年代とその系譜』を斜め読みすると、
ユージは、1680年頃から1760年頃の人で、80歳以上の長寿だったようだ。
ユージの使用した『号』は、 「金書子」「青〃子」 、
『印』は、 「方祝」の朱文円印 で、
ここからも光琳との関係があるのではと示唆している。
ユージの末裔が昭和50年頃、永田家の系譜を調べたそうだが、
(この時、お墓を京都から子孫の住む東京へと移した。)
まだユージのことは、ほとんど解明されていない。
桑原学芸員は、
「永田友治のことを少しでもご存知の方は教えて」と呼びかけ、
内覧会を終了した。
じっくり観るには今のうち、か。

また本展の、MIHOコレクション特別陳列 京の町衆文化
のコーナーでは、
若冲や蘆雪、応挙、乾山らの作品も展示されている。
なんと豪華な。


展示総数=約 80 件 うち友治作品は約 70 件 (会期中一部展示替えあり)
講演会 「 謎の蒔絵師 永田友治
 講師:高尾 曜(国立能楽堂 調査資料係長)
  6 月 30 日(日) 13:30 ~ 15:00
ギャラリートーク
 桑原 康郎(MIHO MUSEUM 学芸員)
  6 月 8 日(土)、 6 月 22 日(土)、 7 月 13 日(土)
     いずれも 13:00 ~ 14:00



☆ 尾形光琳(おがたこうりん)= 万治元年(1658年) – 享保元年6月2日(1716年7月20日))。尾形光琳は、江戸時代中期を代表する画家のひとりである。主に京都の富裕な町衆を顧客とし、王朝時代の古典を学びつつ、明快で装飾的な作品を残した。その非凡な意匠感覚は「光琳模様」という言葉を生み、現代に至るまで日本の絵画、工芸、意匠などに与えた影響は大きい。画風は大和絵風を基調にしつつ、晩年には水墨画の作品もある。大画面の屏風のほか、香包、扇面、団扇などの小品も手掛け、手描きの小袖、蒔絵などの作品もある。また、実弟の尾形乾山の作った陶器に光琳が絵付けをするなど、その制作活動は多岐にわたっている。


☆ 尾形乾山(おがたけんざん)= 寛文3年(1663年) – 寛保3年6月2日(1743年7月22日)は、江戸時代の陶工、絵師。名は惟充。通称は権平、新三郎。号は深省、乾山、霊海、扶陸・逃禅、紫翠、尚古斎、陶隠、京兆逸民、華洛散人、習静堂など。一般には窯名として用いた「乾山」の名で知られる。京都の呉服商、雁金屋の三男として生まれ、権平と名付けられる。6歳年上の兄は尾形光琳である。


☆ 塗師(ぬし)= 江戸時代以前から用いられた漆芸家の古称である。 近代以前の漆芸では分業制が取られており、生地師(きぢし)や蒔絵師(まきえし)などに対して特に漆を塗る職工に用いられる。


☆ 蒔絵(まきえ)= 漆工芸技法の一つである。漆器の表面に漆で絵や文様、文字などを描き、それが乾かないうちに金や銀などの金属粉を「蒔く」ことで器面に定着させる技法である。金銀の薄板を定着させる「平文(ひょうもん)または、平脱(へいだつ)」や漆器表面に溝を彫って金銀箔を埋め込む「沈金(ちんきん)」、夜光貝、アワビ貝などを文様の形に切り透かしたものを貼ったり埋め込んだりする「螺鈿(らでん)」などとともに、漆器の代表的加飾技法の一つである。 (以上、ウィキペディアより。)

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